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【前編】元OL2人が「弥平とうがらし」を栽培・商品化。fm craic創業ストーリー

投稿日:2020年12月29日 
日刊滋賀県リニューアルしました
Uターン物語
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fm craic創業者の三峰 教代さん、佐々木 由珠さん、そして今回、事業継承を決め、新たに代表に就任される釘田和加子さんの対談インタビュー。前編では、三峰さんと佐々木さんのfm craic創業ストーリーをお届けします。


【佐々木さん(写真右):プロフィール】
草津市出身。仏教大学で仏教を専攻。僧籍を取得。大学卒業あとは、中国・天津に留学し、日本茶道と中国語を習得。その後、大阪にあるインド専門の旅行会社に就職。故郷・滋賀県に対する熱意が高まり退職。滋賀県へ帰郷。

【三峰さん(写真左):プロフィール】
湖南市出身。アメリカ・ボストン交換留学を経て、2005年イギリス・ニューカッスル大学大学院へ。通訳を学び、東京の外資系ソフトウェア会社に就職。シニアコンサルタントとして活躍。時を同じくして、佐々木さん同様、食や農業に関連する仕事に就きたいと退職。滋賀県へ帰郷。

見出し

滋賀への思い、農業・食への思いを持つ2人。出会いは、偶然。

―― 三峰さんと佐々木さんが出会われたのは、滋賀県の公共職業訓練校のアグリファーム科だとお伺いしました。





―― その直感が、正しかったということですね。そもそも、なぜ農業を学ぼうと思われたんですか?




―― 農業は、生きること、働くことに直結している。実家が農業を営まれていたわけでもないからこそ、面白そうとの憧れがあったと。





弥平とうがらしとの出会い。実は、最初は期待値ゼロでした。

――最初は、湖南市の伝統野菜「下田なす」の栽培から始めたものの、なすは、安定供給が難しい作物だったそうですね。そしてお2人が師匠と慕う農家さんから、「弥平とうがらし」を教えてもらったと。







―― 次になすを収穫するまで、半年間の期間がある。植えていた弥平とうがらしは、約10本ですよね。収量の少なさをカバーするために、一味以外の商品をつくろうと。



2011年、法人化。「こなんマルシェ」運営。商品開発。

――2011年、湖南市には、道の駅構想があったそうですね。その開業前にファーマーズマーケットをつくる話があり、弥平とうがらしをお土産屋の目玉にするため、大いに関わっておられたと。



青枯病発生により壊滅的な被害を受け、リスク分散。栽培委託開始。


―― 弥平とうがらしのイベントやスタンプラリーなど、積極的にPRを続けてこられた印象ですが、2014年、15年と、土壌の病気が蔓延し、壊滅的な被害を受けたと。




家庭の事情、ライフステージの変化により運営形態が変化。

湖南市弥平とうがらし_fmcraic





【後編】2019年夏。出会いからfm craicの事業継承、そして未来へ。

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